第一章 巡礼・遍路の世界
1、巡礼と聖地

@ 巡礼の基本構造
  巡礼は世界の多くの宗教の重要な宗教儀礼となっている。
  特にその宗教の信者園が特定の地域、文化領域を越えて遠方に広がっている、歴史宗教や世界宗教において巡礼はとりわけ大切なものとされ、盛んに行われてきた。
  巡礼とは言うまでも無く「巡る」という面が強調されており、一箇所だけでなく、複数の聖地、聖所を経巡るという行動を前提としている。巡礼の根本形態は、遠方の聖地に赴くというところにある。それゆえ、巡礼は居住地である日常空間、俗空間を一時離脱して非日常空間、聖空間に入り、そこで聖なるものに近接・接触しその後、再びもとの日常空間、俗空間に復帰する行動である。しかし、世界各地の巡礼の事例では、必ずしも日常空間と非日常空間との往復運動だけとは言い切れない。アフリカ西部のイスラム教徒のメッカ巡礼の場合は、一家を挙げた巡礼で、父 子 孫と三代も四代もの世代を経て、はじめてメッカへ到着すると言う遠大な巡礼であった。


A 巡礼の類型
   世界各地の多様なる巡礼を、特色によって幾つかのタイプに分類する事が出来る
1) 集団型と個人型
集団型・・・集団を組んで聖地に参る団体パック旅行の様な巡礼。
個人型・・・個人的な発意によって銘々が個々に巡礼に出る場合。
*聖地は多くの場合遠隔の地に在る為、特に交通手段が貧弱な時代には、個人的に参詣することはきわめて困難であった。また巡礼は多くの日数と費用を必要とする為、個人で行うには、余りにも長い準備期間が必要なため、個人型巡礼は敬遠され集団型巡礼が盛んに行われてきた。

2) 限定型と開放型
限定型・・・目的がきわめて明確で参加資格が限定された巡礼。
開放型・・・特に巡礼者の資格や目的を限定しない巡礼。
*日本の仏教の各宗派の壇信徒、新宗教の信者による本山、本部詣は限
定形。弘法大師、空海の修行の遺跡を巡礼する四国遍路は開放型である。

3) 円周型と直線型
  円周型・・・数多くの聖所をつぎつぎと巡拝してその軌跡が円か経巡りをしての巡礼。
  直線型・・・主たる巡礼対象が一ヶ所である巡礼。
*四国遍路や西国三十三ヶ所観音巡礼は円形型巡礼の代表的なもの、高野山詣、善光寺詣、修験道の各地霊山詣は直線型の代表的な巡礼。

4) 静寂(修行)型と激奮(祭)型
  静寂型・・・日本人にとって巡礼は物悲しさ静寂さ、又修行という意味も大きい。
  激奮型・・・静寂性とか物悲しさなど片鱗もない、祭全般共通する華麗さ、勇壮さ興奮喧騒などが優先した巡礼。
*巡礼おつるの物語や死を覚悟して病者の遍路行など四国遍路、西国観音巡礼に関連する物語や逸話は静寂型巡礼であり、巡礼が修行と言うのは釈迦の修行が次々と場所を巡る遊行を基本にしており、其れを巡るからである。イスラムのメッカ巡礼で年一度のハッジ巡礼大祭、スリランカのキャンディ仏歯寺のペラヘラ祭への巡礼は激奮型巡礼である。

5) 国際的巡礼類型と国内的巡礼類型及び地方的巡礼類型
国際的巡礼類型・・巡礼は国境を越えて行くタイプ
国内的巡礼類型・・同一国内の遠隔地へ行くタイプ
地方的巡礼類型・・狭義の居住空間、生活空間を越えて行くタイプ。
* 日本の国際的巡礼類型は海外の仏教聖地巡礼(インド仏跡、中国の四大
仏教聖地の巡礼等)。国内的では四国遍路、西国巡礼 京都 奈良の著名
寺院の参詣。地方的では各地の霊山や名刹寺院への参詣、及び新四国遍路
や新西国巡礼がある。


B 聖地の構造と特徴
巡礼の対象となる場所は巡礼達にとって、そこが聖地として至高な聖的価値をもっていなければならない。巡礼の聖地は非日常性のなかに存しているのであるが、その非日常性を支えている具体的条件をいくつか指摘することが出来る。聖地は遠隔地にあるという事である、遠隔地とは日常生活
空間から離れているというものの、あくまでも対照的な遠隔である。聖地
がその聖地性、非日常性を保ち得るのには、そのアンチ・テーゼーである
日常性が、ある程度見え隠れするほどの距離が必要である。
さてその遠隔地は又、別の条件を持っていなければ聖地とはならない。
(イ) その場所が神、教祖、聖者などの聖なる価値を帯びた人々の業績や足跡、その宗教生活となんらかの係わりを持つ事である。誕生、回心、修行、死等である。(ロ)人間ないし神の行状とは関係なく、自然物や自然状態そのものの持つ特異性が新聖性を呼ぶ場合である。山、河、洞、穴、大木、大石、滝、岩、泉等である。また イとロがセットで聖知性を保持している場合が多い。例えば観音菩薩が滝や岩や沼に出現した事で其処が聖地となった例もある。聖地における宗教伝統の重複性も忘れてはいけない。聖地がいまは特定宗教の聖地となっていても、その宗教の聖地となる以前から、別の宗教の聖地だった事が多いのである。日本の例では多くの修験の霊山がそうである。また同一聖地が共時的に複数の宗教伝統の聖地として巡礼対象となる場合もある。